【文化】「富士山三保子」89年ぶりの里帰り 熱海市役所で巡回展示 

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1927(昭和2)年に日米友好を願って米国から静岡県の幼稚園や小学校に贈られた253体の”青い目の人形”の答礼として、静岡県から米国に贈られ、今年2月から“里帰り”している人形「富士山三保子(ふじやまみほこ)」が25、26の両日、熱海市役所玄関ロビーに展示された。答礼人形「富士山三保子」の里帰りを実現させる会が米国・カンザスシティの博物館から借り受け、89年目にして初めて故郷の静岡県に里帰り。”青い目の人形”が現存する県内の5市町(伊豆の国市、御前崎市、小山町、熱海市、富士市)で今月9日から巡回展示されている。

網代小学校にある人形「メリーちゃん」も貴重な”青い目の人形”の1体。当時の網代尋常高等小学校に贈られ、太平洋戦争の戦禍をくぐり抜け、1974年(昭和49)、校舎改築前の創立100周年の年に校長室の戸棚で風呂敷に包まれた木箱の中から偶然発見された。1978年(昭和53)には、新宿三越デパートで開かれた「青い目の人形」50周年記念展示会に白いドレスで参加。1983年(昭和48)の池袋の西武デパート開催された「青い目をしたお人形」同窓会にはピンクの洋服でお友達と再会。熱海市のカラーであるスカイブルーのドレスになったのは2007年(平成19)の「長崎瓊子(たまこ)」の里帰り展からだ。
日本人形・富士山三保子、青い目の人形・メリーちゃんの2体の人形は並べて展示され、会場には両人形について解説したパネルなども置かれた。

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【富士山三保子・青い目の人形ヒストリー】
・日露戦争後に日本が満州の利権を握ると経済不況にあった米国で反日感情が高まった。これを憂いた米国人宣教師のシドニー・ギューリック氏が、日米友好に日本に人形を贈ることを提唱。全米48州の260万人が賛同し、1万2739体の人形が集まり、1927年(昭和2)3月、日本に送った。これらの人形は”青い目の人形”と呼ばれ、静岡県にも253体届いた。熱海を含む田方地区には23体。現存するのは県内で網代小の「メリーちゃん」など5体。すべての人形にパスポートが付随されている。
・”青い目の人形”をプレゼントされた日本は実業家・渋沢栄一らが尽力し、返礼として全国の役場や学校を通して集めた募金をもとに、58体の日本人形(市松人形)を製作。同年11月に米国各州に送られた。静岡県が贈った人形の名は、当時の県知事が「富士山三保子(ふじやまみほこ)」と命名。のちに人間国宝となった人形師・平田郷陽の作。
・その後、日本に贈られた”青い目の人形”は数奇な運命をたどる。太平洋戦争により、敵性人形とされ、多くが処分されたり、竹やりで突かれたりした。現存するのは日本全国で332体。ほとんどが処分するのが忍びがたく、教員らが天井裏や物置にかくまわれたものだ。
・1988年(昭和63)、ギューリック氏の孫にあたるギューリック3世夫妻が熱海市役所に当時の内田滋市長を訪ね、新青い目の人形「ルイーズ」をプレゼント。この人形は第一小に寄贈された。同夫妻は1991年(平成3)にも熱海市を訪れ、網代小学校に新青い目の人形「タミ-」を寄贈した。網代小では現在も「メリーちゃん」と「タミーちゃん」を大事に保管展示している。戦後に贈られた”新青い目の人形”は県内に6体あるが、そのうち2体は熱海市の小学校。大事に「メリーちゃん」保管してくれた網代小学校への感謝の意が強く込められている。=熱海ネット新聞=

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2人新青い目

熱海小ルイーズちゃん

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