熱海で最後の船大工、網代の造船技術伝える  「アートエキスポ」開幕

熱海市内の10カ所で10月25日、アートの博覧会「ATAMI ART EXPO (アートエキスポ) 2019」が開幕。メーン会場の起雲閣では、熱海で最後の船大工、土屋隆さん(84)さんが、かつて網代港をにぎわせた木造船を精密に再現した模型を展示。船大工の熟練技術と漁師町網代の歴史を紹介した。

土屋さんは、昭和28年から網代漁業株式会社の造船所で手がけた木造船の設計図や模型、漁船の大漁旗、道具、自ら翻訳した洋船の資料などを網代の自宅に飾っておいたが、着物着付師で参加アーティストの岩澤文子さんが「この匠の技は、熱海の財産。皆さんに披露すべき」と背中を押し、同展覧会に合わせて初めて一般公開した。「網代の造船所の存在と漁師町網代の歴史を少しでも知っていただけるのであれば」と急きょ、出展が決まった。

江戸時代は「京大阪に江戸網代」といわれ、江戸への海路の要衝として諸国の廻船でにぎわった網代。約430年前には、豊臣秀吉の小田原攻めに軍船として40隻の漁船で加勢に繰り出し、戦勝に貢献した。会場では、その際の1隻、両宮丸をはじめ、伝馬船、洋船など5隻の檜の模型と製作道具、当時の資料を並べた。
 昭和38年ごろまで、網代港の主役は木造船だった。二丁櫓(やぐら)、三丁櫓で沖の漁場まで漕いで定置網漁を行い、8隻の船で網起こし。各船が大漁旗を立て丘の人たちにブリの大漁を知らせたという。
施網(まきあみ)も盛んで、4事業所が営み、カツオやマグロの生き餌となるイワシの生簀(いけす)が湾内に幾枠も浮かび、その上をカモメの群れ。生き餌を買うカツオ船が網代港に入出港し、夜明け前から威勢のいい掛け声が響いた。
船大工の棟梁は、造船を差配するだけでなく、祭司も務め、多忙の時代。両親ともに船大工の棟梁の家系で育った土屋さんは、地元の網代中学から都内の芝工業高校へ進み、昭和28年に網代漁業協同組合自営造船所(現網代漁業株式会社)に入社した。
当時は、常時12人の地元の船大工がおり、さらに全国から30人ほどが船大工として働いていた。しかし、漁船はやがて強化プラスチック製にとってかわられ、木造船は激減。それでも土屋さんは、船大工の伝統技を守り続け、平成16年には代表取締役社長に就任。相談役となった現在は、かつて手掛けた和船や洋船、網代を支えた古い時代の船を15分の1に縮尺した模型で匠の技を後世に残そうと努めている。
3代続いた船大工の棟梁の家系も、土屋さんの代で終わり。4代目を期待された息子さんは、土屋さんの従兄弟にあたる青木巌さんが会長を務めるフードストア「あおき」に就職。「技術があっても、船大工は仕事として成り立たないのが実情。国として伝統的な職人技を残す取り組みが必要だ。次の世代に伝えるのは難しいが、せめて網代の造船の技術を来場して見てほしい」。2・26事件前日の昭和11年2月25日に生まれた昭和の名工は、木造船とともに網代の歴史を語っている。
(熱海ネット新聞・松本洋二)

■ATAMI ART EXPO公式ページ…http://atami-art-expo.jp/


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